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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)7041号 判決 1994年7月15日

主文

一、被告らは原告に対し、各自、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、平成五年六月一一日から右明渡しずみまで一か月金二四三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、請求

被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)を明け渡し、平成五年六月一一日から右明渡しまで一か月金一〇九三万五四一六円の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、本件建物所有権に基づき、その明渡しと賃料相当の損害金の支払を求めた事案である。

一、争いのない事実

1. 本件建物の敷地である別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)は、元住金物産株式会社の所有であったが、平成四年に株式会社アルフ(以下「アルフ」という。)が同社から買い受けて、その所有権を取得したこと

2. 平成四年三月一三日に、アルフが松本建設株式会社(以下、「松本建設」という。)との間で、本件土地上に建物を建築するため、その請負契約を締結したこと

3. 松本建設は平成四年九月頃事実上倒産したこと

4. 原告がアルフから、本件土地に、極度額三〇億円の根抵当権の設定を受けたこと

5. 原告がアルフから、平成四年一一月三〇日付で、本件土地につき、同月二四日付譲渡担保を原因とする所有権移転登記を受けたこと

6. 原告が、平成五年二月一六日付で、本件建物につき、所有権保存登記をしたこと

7. 被告らが、少なくとも平成五年六月一一日以降本件建物を占有していること

8. アルフが平成五年六月一〇日に、二回目の手形不渡りを出して事実上倒産したこと

二、証拠(登記事項証明書-甲二、三)上明らかな事実

1. 本件土地中、別紙物件目録(1)記載の土地については、平成四年七月三一日付で、住金物産株式会社からアルフに対し、同日付売買を原因として所有権移転登記がなされ、同日付で、アルフが原告のために、債務者を同社、債権の範囲を金銭消費貸借等、極度額三〇億円とする根抵当権設定登記をしたこと

2. 本件土地中、同目録(2)記載の土地については、平成四年三月二五日付で、住金物産株式会社からアルフに対し、同日付売買を原因として所有権移転登記がなされ、同日付で、右1記載と同内容の根抵当権設定登記が原告のためになされたこと

三、争点

本件の争点は、<1>原告が主張するように、原告が本件建物所有権を原始的に取得したと認められるか、<2>被告が主張するように、原告は本件建物につき譲渡担保権を有するに過ぎないとした場合、原告の被告らに対する明渡し請求が認められるかにあるところ、双方の主張の骨子は、以下のとおりである。

(一)  原告の主張

1. アルフは、住金物産株式会社から、本件土地を代金総額金一三億〇四五〇万円で買い受け、また、松本建設に対し、本件建物の建築を代金一三億二〇〇〇万円で請け負わせたが、アルフには自己資金がなかったため、原告がこれを融資することとなり、以後、別紙融資経過表記載のとおり、原告はアルフに対し、合計三〇億二〇二二万七九〇〇円を貸し付けた。融資金が膨らんだのは、本件建物建築費が松本建設倒産等が原因で予定より膨らんだことやアルフが従業員の給料も支払えない状況となって緊急融資に原告が応じたためである。

2. 右のとおり、原告はアルフに対し、本件土地購入資金及び本件建物建築資金のすべてを貸し出したのである。

3. 原告は右融資金を担保するため、アルフから、本件土地につき、極度額三〇億円の根抵当権の設定を受けた。その後、松本建設の倒産により、本件建物建築代金が膨れ上がってきて、過剰融資となるので、本件土地につき、アルフと平成四年一一月二四日に譲渡担保契約を締結し、原告はその所有権を取得した。

4. 本件建物については、原告がその建築資金全額を融資するものであるので、原告はアルフ及び松本建設との間で、平成四年五月二八日、アルフが建物完成後所有権保存登記をして原告に根抵当権を設定するまでは原告が所有権を有することを確認していたが、松本建設倒産後、アルフが同社の下請業者と残工事の請負契約を締結したなどの事情から、同年一一月二四日の本件土地譲渡担保契約締結の際、アルフとの間で、残工事の成果についても原告に帰属し、本件建物完成後もこれを原告の所有のままとすることを合意した。また、原告は、右残工事施工業者である株式会社永商興産からも、本件建物の所有権が原告に帰属することの確認を得た上、原告がその保存登記をするのに必要な書類の交付を受けた。

5. アルフは、本件建物完成後、原告の承諾の下に本件建物で営業準備活動をしていたが、平成五年四月二日の別紙融資経過表<17>記載の融資を実行した際、アルフは原告に対し、アルフか手形不渡りを出して本件建物の使用の必要がなくなったときは、これを明け渡すこと及び原告のアルフに対する貸付金の額は本件土地建物の価格を上回るので、アルフには清算による金員の支払請求権はないことを確約した。

6. 平成五年二月一五日、原告はアルフとの間で、本件土地建物につきアルフ以外の第三者の占有使用は一切許されない旨合意しており、また、被告株式会社西天満総合開発(以下、「被告会社」という。)主張の賃借権は、原告の本件建物保存登記後に成立したものであるから、同被告は右賃借権をもって原告に対抗できないことは明らかである。

7. 以上によれば、原告は本件建物の所有権を原始的に取得したものであり、仮に原告が本件建物につき譲渡担保権を有するに過ぎないとしても、被告らの本件建物占有権原に関する抗弁は原告に対する関係では成立し得ないものであるから、被告らに対する本件明渡し請求は許されると言うべきである。

8. (賃料相当の損害金)

原告は、本件土地建物の取得代金として少なくとも合計金二六億二四五〇万円を支出したので、被告らは右の価値ある物件の使用を妨げていることとなる。したがって、被告らは、右金額を元本とする民事法定利率年五分の割合による遅延損害金として、月額金一〇九三万五四一六円の割合による賃料相当の損害金の支払義務を負うべきである。

(二)  被告らの主張

1. (本件建物の占有権原)

被告会社はアルフに対し、従前より金三億円の貸金債権を有していたところ、平成四年六月一一日、弁済期を平成五年六月一一日と定めて、アルフは約束手形を書き替えた。ところが、アルフの経営が悪化してきたので、被告会社は本件建物からの収益により債権の回収を図るため、平成五年四月五日、アルフから、本件建物を、期間三年、賃料月額七〇万円との定めで賃借し、以後被告波多野栄一(以下、「被告波多野」という。)に本件建物を管理させて、同被告とともにこれを占有使用している。

2. 原告は、本件建物につき、譲渡担保権を有するに過ぎないものであるから、アルフに対してその実行をして清算手続を履行しない以上、被告らに対しても本件建物の明渡しを請求できない。

3. 仮に、原告が被告らに対し本件明渡し請求をできるとしても、民法三九五条の類推により、被告らの賃借権を保護すべきである。

四、証拠<略>

第三、争点に対する判断

一、本件建物完成に至る経過

(一)  証拠によれば、次の事実が認められる。

1. アルフは、本件土地を購入して、その上に自社の営業物流センターを建築する計画を立てたが、自己資金がなかったため、原告から本件土地購入費及び建物建築費のすべての融資を受けることにした。そして、平成四年三月二五日、「金銭消費貸借並びに根抵当権設定契約書」をもって、原告とアルフは、概略次のような合意をした。

(1) アルフは原告に対し、本件土地中別紙物件目録(2)記載の土地に根抵当権を設定するとともに、同目録(1)記載の土地及び本件建物を追加担保として差し入れる。

(2) 原告はアルフに対し、次の融資を実行する。

<1> 平成四年三月二五日 金八億八九三〇万円

<2> 同年五月末日 金五億二〇〇〇万円

<3> 同年七月末日 金四億一五二〇万円

<4> 同年八月末日 金四億円

<5> 平成五年一月末日 金四億円

(3) 右(2)の<5>の貸付は、本件建物が完成し、アルフ名義の登記をした上原告のために根抵当権設定登記をするのと引換えに実行する。(甲二〇、証人山本俊弘、同矢田幹人)

2. アルフは住金物産株式会社との間で、平成四年三月二五日、概略次のような本件土地の売買契約を締結した。

(1) 代金 金一三億〇四五〇万円

(2) 支払方法 <1>契約日に金八億八九三〇万円、<2>同年七月末日に金四億一五二〇万円

(3) 移転登記 右<1>の支払と引換えに別紙物件目録(2)記載の土地の、右<2>の支払と引換えに同目録(1)記載の土地の所有権移転登記を行う。

そして、原告はアルフに対し、別紙融資経過表<1>、<3>記載の融資を実行して、アルフは右売買代金を支払った。(甲七、八、乙一、山本証言)

3. 一方、アルフは松本建設との間で、同年三月一三日、概略次のような本件建物の請負契約を締結した。

(1) 請負代金 金一三億二〇〇〇万円(消費税は別途)

(2) 支払方法 契約日に金五億二〇〇〇万円(但し、同年五月末日満期の手形による。)、上棟時に金四億円、完成引渡し時に金四億円

(3) 工期 同年五月一一日から平成五年一月末日まで

そして、原告はアルフに対し、別紙融資経過表<2>記載の融資を実行して、アルフは松本建設に右金五億二〇〇〇万円を支払った。(甲六、九の一、二、山本証言)

4. 平成四年五月二八日、原告は、アルフ及び松本建設との間で、「所有権確認書」をもって、本件建物の建築資金一切は原告が提供するものであるので、完成後アルフが所有権保存登記をして原告のために根抵当権設定登記を完了するまでの間は、本件建物は原告の所有とする旨を確認した。(甲一〇、山本証言)

5. 原告はアルフに対し、別紙融資経過表<4>記載の融資を実行し、アルフは松本建設に金四億円を支払った。(甲九の一、三、山本証言、矢田証言)

6. 平成四年八月、アルフの代表者矢田幹人は原告に対し、追加融資を申し入れ、原告はアルフに対し、ひとまず別紙融資経過表<5>記載の融資を実行した。(甲九の一、四、山本証言)

7. 松本建設が、同年九月一二日倒産した後、アルフから原告に対し、前記1の(2)の<5>記載の、本件建物完成後実行予定の融資の早期実行を申し入れた。アルフは松本建設に請負代金中九億二〇〇〇万円を支払ずみであったが、実際には六ないし七億円程度の工事しかなされていなかったところ、アルフは松本建設の下請業者の株式会社永商興産らと直接残工事の請負契約を締結していた。建築確認等の関係では、右株式会社永商興産が松本建設を形式上引き継いだ。(山本証言、矢田証言)

8. そこで、原告は、原告代理人の大江弁護士の助言の下に、平成四年一一月二四日、「譲渡担保契約書」をもって、アルフとの間で概略次の合意をした。

(1) アルフは原告に対し、別紙融資経過表<1>ないし<5>記載の貸金債務の担保として本件土地を譲渡担保に供し、所有権移転登記をする。右移転に要する費用はアルフの負担とし、原告がこれを貸し付ける。

(2) 本件建物の残工事請負業者すべてから、本件建物は原告の所有であり、残工事の成果も原告に帰属することを確認する書面を、アルフが取得して原告に交付する。

(3) 本件建物の保存登記ができる時期が到来すれば、アルフは、直ちに原告名義で右登記ができる書類を取り揃えて原告に交付する。

(4) しかし、金銭消費貸借契約及び根抵当権設定契約は引き続き有効であり、本件土地移転登記及び本件建物保存登記はいずれも譲渡担保を目的とするものであることを確認する。アルフが原告に全債務を弁済したときは、原告はアルフに本件土地建物を返還する。

(5) 今後の融資については、前記1の(2)の<5>記載の融資予定を早めることとし、平成四年一一月に金一億三〇〇〇万円、同年一二月に金一億五〇〇〇万円、平成五年一月に金一億二〇〇〇万円の融資を実行し、更に、平成五年三月に金二億円の融資を実行する。

(6) 本件土地建物の占有権は原告が有するもので、アルフは、本件建物完成後本件建物で事業を開始することができるようになって初めて占有権を取得するものとする。

(7) アルフが原告に利息等の支払ができなくなったときは、アルフが原告に本件建物の占有権を無条件、無対価で返還する。

(8) 原告が本件土地建物を取得しても、アルフは一切清算請求権はないことを確認する。(甲一二、山本証言)

9. 株式会社永商興産及びアルフは原告に対し、平成四年一一月三〇日付の概略次のような内容の「所有権確認書」を差し入れた。

(1) 本件建物残工事は、株式会社永商興産が、各業者の取り纏めの世話役として、名目上請負人となって工事続行をしている。現在は棟上げ直前である。

(2) 本件建物は、いかなる段階においても原告の所有であり、原告のための所有権保存登記に必要な書類を本日あらかじめ交付する。

そして、この頃、原告は株式会社永商興産から建物引渡証明書を、アルフから建物譲渡証明書を受領した。(甲一三、一四、二三の一、二、山本証言)

10. そして、原告はアルフに対し、前記8の(5)記載の約束に従って、別紙融資経過表<6>、<7>、<9>ないし<13>記載の各貸付を実行し、<14>、<15>記載の貸付を時期を早めて実行した。また、本件土地の移転費用の貸付として、同経過表<8>記載の貸付を実行し、本件建物所有権保存登記の費用として同経過表<16>記載の貸付も実行した。(甲九の一、九の五ないし一一、甲一六、一七、二一、二二、山本証言)

11. 原告はアルフとの間で、平成五年二月一五日、「譲渡担保契約に関する追加契約書」をもって、概略次のような合意をした。

(1) 同年一月二九日までの原告のアルフに対する貸金は合計金二七億八五二三万九〇〇〇円である。

(2) 右債務の担保の目的で、本件建物も譲渡担保として原告に供し、原告名義で所有権保存登記をする。

(3) 別紙融資経過表<14>、<15>記載の融資を、建物工事代金支払のため前倒しで実行する。

(4) 本件土地及び同土地上に建築中の建物(本件建物)を、アルフは原告に譲渡担保に供し、本件土地の所有権移転登記をした。建物については、原告が所有権保存登記をすることにアルフは同意した。

(5) 譲渡担保契約の期間は二年間とする。右期間内に、貸金二九億八五二三万九〇〇〇円及び登記費用等の費用の返済がないときは、原告は本件土地建物の完全なる占有権、所有権を取得する。但し、右期限が経過した時点で、アルフが円満に債務を履行できる見込みのあるときは、譲渡担保契約を解消して、原告はアルフに本件土地建物の所有権を移転し、アルフは原告に根抵当権等を設定するものとする。

(6) 本件土地建物については、アルフ以外の者の占有使用は一切許されない。(甲一五、山本証言)

12. 本件建物は、株式会社永商興産らアルフが残工事を直接請け負わせた業者の残工事施工により、平成五年二月にほぼ完成し、原告が所有権保存登記を経由した。落成式は同年三月下旬に施行された。しかし、アルフは工事業者から本件建物の引渡しを受けて、同年五月下旬まで、原告の承諾の下に本件建物を使用して営業していた。(甲四、山本証言、矢田証言)

13. 平成五年四月二日、原告はアルフから、従業員の給料支払のための緊急融資の申入れを受け、「明渡確認書」をもって、概略次のような内容の確約をアルフから得た上、別紙融資経過表<17>記載の融資を実行した。

(1) アルフは平成五年六月一〇日、不渡りを出し、営業を継続する意思と能力を喪失し、本件建物を使用する必要がなくなったので、原告にこれを明け渡します。

(2) 併せて、本日、原告に対し、譲渡担保契約に基づき、アルフの負担する債務の支払に代えて、本件土地建物の完全な所有権を移転します。

(3) 本件土地建物の時価と債務額を比較すると、明白に債務額が上回るので、清算による請求権は原告に対し一切ないことを確認します。

但し、右(1)の「六月一〇日」は同日にアルフが事実上倒産した後に原告の方で書き入れたものであり、明渡確認書の日付も、同じく後に四月二日から六月一〇日に訂正されたものである。(甲一一、一八、山本証言、矢田証言)

14. 本件建物残工事施工のため約七億円の工事代金を要し、アルフはこれを支払う必要があった。そのうち三億五〇〇〇万円程度は原告からの融資金で支払ったが、ほぼ同額の残金の支払ができず、アルフは、平成五年四月下旬に第一回目の手形不渡りを出し、同年六月一〇日に二回目の不渡りを出して事実上倒産した。(矢田証言)

(二)  以上によれば、原告はアルフに対し、総額三〇億二〇二二万七九〇〇円の金銭を貸し付けて、その担保とする目的で、本件土地建物の譲渡を受けた(本件建物については、前記「譲渡担保契約に関する追加契約書」をもって)ことが認められる。原告は、本件建物の所有権を原始的に取得したと主張するが、その取得原因が、アルフとの間で締結した譲渡担保契約に基づくものであることは、前記(一)の8の「譲渡担保契約書」、同11の「譲渡担保契約に関する追加契約書」及び同13の「明渡確認書」の各記載からも明らかであって、本件では、原告が原始的に所有権を取得したか否かに拘わりなく、原告の有する譲渡担保権の性質を検討する必要があると言うべきである。

二、本件譲渡担保権の性質

(一)  前記「譲渡担保契約書」、「譲渡担保契約に関する追加契約書」及び「明渡確認書」の各条項の趣旨からすれば、本件土地建物の譲渡担保は、いわゆる帰属清算型のものであると認められる。

(二)  弁論の全趣旨によれば、アルフは、原告に対する前記総額三〇億円余の被担保債務について、その元本の返済は全くしておらず、その履行期は既に到来していること、利息も、少なくとも平成五年五月頃以降は支払っていないことが認められる。

(三)  一般的に、いわゆる帰属清算型の譲渡担保にあっては、債務者が被担保債務の弁済を遅滞した場合でも、譲渡担保権利者は、清算手続を終了するまでは目的不動産を占有する譲渡担保設定者に対してその明渡しを求めることはできないと言うべきである。また、いわゆる非清算特約がある場合であっても、目的不動産の評価額が客観的に明確であり、これが譲渡担保の被担保債務を下回るなどの特別の事情のない限り、譲渡担保権利者は清算義務を免れないものと解するのが相当である。

(四)  これを、本件について見るに、前記一の(一)の8中(8)記載の条項及び同13中(3)記載の条項によれば、本件土地建物の譲渡担保契約につき、非清算特約がなされていたことは明らかである。

そこで、原告に清算義務を負うべきでない特別の事情があるか否かにつき検討する。前記一で認定の事実によれば、原告はアルフに対し、本件土地の取得資金一三億〇四五〇万円全額を融資(別紙融資経過表<1>、<3>)し、本件建物建築資金も当初その全額である金一三億二〇〇〇万円を順次融資していく予定であったが、松本建設倒産等の事情の変更により、融資時期を早めたり、融資金額を増額するなどして、結局、松本建設に支払われた別紙融資経過表<2>、<4>記載の合計金九億二〇〇〇万円のほか、同経過表<8>、<16>、<17>記載の登記費用等や給料支払のための融資を除いても総額七億五〇〇〇万円の融資を実行したことが認められる。ところが、前記一の(一)の7及び14の認定から明らかなように、実際に本件建物建築に要した費用はせいぜい一四億円程度であり、内金約三億五〇〇〇万円が残工事施工業者に支払われていないのは、アルフが原告からの融資金を他に流用したからであると推認される。したがって、原告はアルフに対し、本件土地建物取得資金を上回る金銭を貸し付けたことは明らかであるところ、本件土地をアルフが取得した平成四年から、本件建物が完成後、前記「明渡確認書」をもってアルフが原告に対し不渡りを出して倒産した場合は本件建物を明け渡すことを確約した平成五年当時は、いわゆるバブル経済が崩壊して大阪市内の不動産価格も低落傾向にあったことは当裁判所に顕著な事実であると言うことができるから、本件土地建物について客観的な評価はなされてはいないが、その評価額が本件譲渡担保の被担保債務の額を上回るものでないことは客観的に明らかであったと言うべきである。そうすると、本件では、譲渡担保権利者である原告が清算義務を負うべきでない特別の事情があると解するのが相当である。

(五)  次に、前記「明渡確認書」は、前記一の(一)の13の認定によれば、アルフが従業員の給料支払のための資金にも困窮するような状態となり、アルフが事実上倒産して原告に対する債務も支払えなくなる事態が早晩予想される状況の下で、右事態が到来した場合には、無条件でアルフが原告に本件土地建物を明け渡すことを確約したものであると認めるべきである。アルフは、右確認書作成の日から約二か月後に倒産したのであるから、右倒産の時点で、原告からアルフに対し、改めて本件譲渡担保権を実行すること及び本件土地建物の評価額とこれが被担保債務を下回り清算金支払義務はないことをそれぞれ通知することまで要求するのは相当ではなく、本件では、アルフの倒産により、当然に譲渡担保権の実行がなされ、アルフは原告に対し、本件土地建物の明渡しをする義務を負うに至ったものと認めるのが相当である。

三、被告らの占有権原について

(一)  証拠(乙二、三の一、二、矢田証言)によれば、前記第二の三の(二)の1記載の事実を認めることができる。しかし、被告会社の賃借権の取得は、原告の本件建物の所有権保存登記に遅れるもので、これをもって原告に対抗できないことは明らかである上、本件では、前記「譲渡担保契約に関する追加契約書」の条項中でアルフ以外の第三者の本件土地建物の占有使用は禁止されていたのであるから、この点からも被告会社が原告に対し右賃借権を当然に主張できるものではない。

(二)  したがって、原告がアルフに対しても本件建物の明渡しを請求できることは前記二で説明したとおりであり、被告らの抗弁は、原告に対する関係で主張自体理由ががないと言うべきであるが、仮に原告が被告らの主張するような譲渡担保権しか有しないものと解してみても、右(一)の説明によれば、アルフの債務の遅滞により原告が取得した本件土地建物の処分権の行使の一環として被告らに対しその明渡しを請求できるものと言うべきである。

(三)  被告らは、民法三九五条の規定を類推適用して、被告会社の賃借権を原告に対する関係で保護すべきであると主張するが、本件では右のように解することはできない。

四、賃料相当の損害金について

原告の主張する、本件土地建物取得資金を元本とする民事法定利率年五分の割合による賃料相当の損害金の算定方法は、右損害金は、被告らの本件建物の使用妨害により原告が喪失した、原告が現実に得られたであろう利益額であると解されるところ、平成五年当時に本件建物から右のごとき収益を上げることが可能であったことを認めるに足りる証拠はないから、到底採用できない。

本件では、平成五年六月一一日当時の本件土地建物の評価額もその取得価額を下回るであろうという程度にしか明らかではなく、これを元本とする適正な利回り率も明らかではないので、本件土地建物の固定資産税及び都市計画税の合計額を基準に、控え目に見積ってその二倍をもって、賃料相当の損害金を算定するほかないと解される。証拠(甲二七)と弁論の全趣旨によれば、平成五年度の本件土地の右各税額の合計は金三六五万一二〇〇円であり、平成六年度の本件建物の右各税額の合計は金一〇九五万八〇〇〇円であることが認められ、右合計金一四六〇万九二〇〇円を基準に右の方法で賃料相当の損害金を算定すれば、月額金二四三万五〇〇〇円(一〇〇〇円未満を四捨五入)となる。

五、結論

以上の次第で、原告の請求は、本件建物を共同して占有する被告会社及び被告波多野に対し、その明渡しと、平成五年六月一一日以降右明渡しずみまで一か月金二四三万五〇〇〇円の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

物件目録

(土地)

(1) 大阪市鶴見区<編集注・以下略>

宅地 八九八・〇三平方メートル

(2) 大阪市鶴見区<編集注・以下略>

宅地 一九二三・四九平方メートル

(建物)

所在 大阪市鶴見区<編集注・以下略>

家屋番号 三番三九の四

種類 倉庫

構造 鉄骨造陸屋根一〇階建

床面積 一ないし九階

各一〇九九・六二平方メートル

一〇階 六五・七七平方メートル

融資経過表

貸付日 貸付金額

<1> 平成四年三月二五日

金八億八九三〇万円

<2> 同年 五月二八日

金五億二〇〇〇万円

<3> 同年 七月三一日

金四億一五二〇万円

<4> 同年 八月三一日

金四億 円

<5> 同年 九月一〇日

金一億五〇〇〇万円

<6> 同年 一一月二五日

金 三〇〇〇万円

<7> 同年 一一月二七日

金一億 円

<8> 同年 一一月三〇日

金 一〇七三万九二〇〇円

<9> 同年 一二月九日

金 五〇〇〇万円

<10> 同年 一二月二四日

金 四〇〇〇万円

<11> 同年 一二月二八日

金 六〇〇〇万円

<12> 平成五年一月二五日

金 三〇〇〇万円

<13> 同年 一月二九日

金 九〇〇〇万円

<14> 同年 二月一〇日

金一億七〇〇〇万円

<15> 同年 二月一五日

金 三〇〇〇万円

<16> 同年 二月一五日

金 二九八万八七〇〇円

<17> 同年 四月二日

金 三二〇〇万円

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